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焙煎について-その3-


トピックス

生豆に熱を加えていくと起こる反応としては脱水、加水分解、熱分解、縮合反応などがあると思います。焙煎に関係すると思われる部分だけを簡単に説明します。

  • 脱水
    • 単純に水分が抜けること(物質としての変化はなし)。
    • 結晶水として含まれている水分を除くこと(物質として変化する)。
    • 物質の中から水素と酸素(水酸其)を水として分離すること。
    • 二種の物質が反応して別の物質と水を生成すること(縮合反応)。
  • 加水分解
    • 一つの物質が水の作用によって2つ以上の物質を生成すること
      例):
      ショ糖(スクロース)+水―>
      ブドウ糖+果糖
  • 熱分解
    • 一つの物質が熱の作用によって2つ以上の物質に分解されること
      例):
      2(NaHCO3)―>
      Na2CO3+H2O+CO2(気)
  • 縮合反応
    • 二つ以上の物質、または同じ物質の二つ以上の部分が新しい結合をつくる反応。

理論と実践

では、実際の焙煎において考えてみましょう。

まず、化学反応を意識する上で注意したいことがあります。化学反応というのはその種類や環境により、反応する速さや反応するための条件が違ってくるということです。
焙煎について言えばある温度に達すると瞬間的に反応が始まり瞬間的に終わるものではない、ということです。

例えばショ糖(砂糖)のカラメル化は約170〜200度で反応がおこりますが、反応が終わるまでには数秒から数分かかります。
メイラード反応は約130〜150度位から起こるといわれ、この反応も比較的ゆっくり進みます。

焙煎の原則は『無駄な時間をかけずにムラ無く焼き上げる』ことだと言われています。
時間をかけすぎると成分の損失が多くなりますし、かといって強火で短時間に焼き上げようとすると焼きムラができてしまいます。
まさに『言い得て妙』ですが、ここに一つ落とし穴があります。

工場などで使われている熱風式の焙煎機は高温の熱風でムラ無く焼き上げることが出来るため、短時間で焙煎を完了することができます。
作業の効率を考えれば当然早い方が良いわけで、昔は効率を優先した短時間焙煎が主流だったようです。

ところが、現在では非常に短時間で焙煎が可能であっても、それなりに時間をかけて焙煎を行っています。というのも、前述したように化学反応は瞬間的に完了するわけではなく、よい成分を生成するためには特定の温度帯で特定の時間をかけることが必要だとわかったからです。

無闇に短時間で焼き上げようとする必要はないと言えます。

【焙煎の準備】

焙煎を行うときには必ずデータを取るように心がけます。
自家焙煎珈琲店で使われている焙煎機は普通3〜5kg釜だと思いますが、この程度の大きさの釜は環境に左右されやすいからです。

常に同じ条件で焙煎できれば言う事無しですがそういうわけにもいかないでしょうから、少なくてもその時の豆の種類と状態、室温と外気温、天気などは記録しておくと良いでしょう。
もちろん、何度から焙煎を開始して何度何分でどのような操作をし、何度何分で焼き上げたという記録も必要です。気づいたことや試飲の結果感じたことも記録しておくとよいでしょう。

このデータはいずれ掛け替えの無い財産として必ず役に立ちます。

※注意

現在の焙煎機には大抵豆の温度を測るための温度計がついていると思います。この温度計とガス圧力計のおかげで焙煎をより正確にコントロールすることが出来るのですが、注意する点が2つあります。
一つはリアルタイムに豆の温度が計れるわけではないことで、私の環境ではおよそ20秒ほど遅れています。

もう一つはこの温度は正確なものではなく、また豆の量で表示される温度が違ってくるということです。
豆の温度を計る仕組みは、ドラムが回転することによってドラムに挿入されたプローブ(センサー部)に豆が当り温度が計れるようになっています。豆が溜まっている位置にプローブが差し込まれているわけではありません。
したがって豆の量によってプローブに当たる豆の密度が変わり、実際の温度と表示される温度が違ってきます。
私の環境では豆の重量が1kg増える毎に約101.68%づつ表示される温度は高くなります※1。なるべく毎回同じ量を焙煎したほうが良いでしょう。

※1
例えば3kgの豆の200度は、4kgなら『200×101.68%=203.36』ということで約203度と同じになるということです。

【火力と水分量】

私が使用している焙煎機は直火式の釜※2で、熱風式や半熱風式にくらべ豆の脱水力が弱く、常に火力と豆の水分量に気を使って焙煎しています。

※2
直火式を使用しているのは私がコーヒー豆に望んでいる味を出すのに都合が良いからであって、他の方式に比べて優れているというわけではなく、また必ずしも満足しているわけではありません。

火力と言いましたが、実際に大切なのは豆の温度上昇率です。
温度上昇率とは豆の温度が1度上がるのにどのくらい時間がかかるか、あるいは1分間に豆の温度が何度上昇するかということです。
火力の調整とは上昇率を調整するための手段の一つです。

水分量の多い豆を短時間で急激に温度を上昇させると渋みがでてしまいます。水分が抜けるのにはある程度の時間がかかるため、水分量が多いまま特定の温度まで達すると渋みや雑味の素が多く生成されてしまうからだと考えています。
ただし、水分を抜きすぎると甘味が少なくなってしまいますし、時間がかかるとそれだけ成分の損失が大きくなりますので、兼ね合いが大切です。

良好な成分の損失には熱によって分解が進んでしまうものと排出されてしまうものの2つのパターンがあると思いますが、通常の焙煎であれば経験上これらの損失は1はぜが起こるまでは殆ど起きないと考えています。

焙煎の後半では直火式の場合特に豆がこげやすいので火力を極端に強くしないよう注意が必要です。
ただ、直火式の場合多少のこげはやむを得ず、これを恐れるあまり火力を絞ってしまうとカロリー不足により成分の生成に支障がおこります。

【ムラ無く焼き上げる】

焼きムラには二種類あります。一つは焼きあがった豆全体の焼き色で、焼き色の薄い豆や濃い豆が多ければ焼きムラがあることになります。
直火式の場合は焼きムラが出やすいのですが、原因としては生豆の状態(大きさや乾燥具合)が均一でなかったか、焼き方に無理(たいていは火力が強すぎて極端に短時間で焼き上げた)があったことが考えられます。

もう一つは1個の豆を割ったときに内部が均一に焼けているかどうかと言うことです。単純に原因と結果を言えば火力が強すぎた場合、外側が濃くて内側が薄く、弱すぎた場合、外側に比べ内側が濃くなります。

ムラ無く焼き上げるというのは焙煎を行う上での基本中の基本と言えます。ですが、私は後者に関しては必ずしも均一に焼き上げる必要は無いと考えています。
直火式の場合、熱風式に比べムラ無く焼き上げるのは難しく色々と苦労が必要です。以前、熱風式で焼いた豆のようにムラ無く焼き上げようと試行錯誤していた時期がありました。
苦労の末、殆ど焼きムラの無い豆が出来たのですが、いざ試飲してみるとさほど美味しくはありません。何度か試しましたが結果はいっしょで、かえって多少の焼きムラのある豆の方が良い味を出していました。

考えて見ると、豆の構造は単一ではなく、外皮、胚乳、胚、内皮というように分かれています。これらは当然成分の含有量も違っているでしょうから、ムラ無く焼き上げること自体を目的とするのはナンセンスです。また、直火式は直火式であって、熱風式ではないということで、どうやら手段と目的を履き違えていたようです。

現在私の『ムラ無く焼きあがった』基準としては、豆を指でつぶしてみたとき、細かく砕けず乾いた音と共に大きく数片に割れるものを良しとしています※3

※3
簡単に細かく砕けてしまうのは焙煎後期で時間がかかりすぎて内部が焼けすぎた豆です。また、さほど力を入れずに割れる豆は一見よさそうですが、表面組織が粗く、日保ちしません。多少力を入れないと割れない豆の方が表面組織が緻密で日保ちします。

【ダンパーの調整】

ダンパーの調整には、チャフなどのごみを取り除く、排気をコントロールする、温度上昇率を調整するという3つの目的があります。

  • チャフは燃えるときつい燻り臭を出しますので、出来るだけ速やかに排出する必要があります。また、生豆には様々なごみが付着していることが多いので、生豆の投入直後に1分間くらいダンパーを開放してごみを取り除きます。
  • 焙煎の最中には水分のように目に見えないものから煙のように目に見えるものまで揮発性の成分が盛んに豆から放出されています。
    ただ、これは必ずしも一方的に豆から放出されるわけではなく、回りの環境(ドラム内の圧力※4) によっては一度放出されたものが再度豆に吸収されることもあります。
    経験上、味に悪影響のある成分は良い成分より揮発しやすい傾向にあるようですので、過度にならない程度にダンパーを開放すると良いように思います。

    ※4

    「香り」のところでも書きましたが、これは必ずしも正しくはありません。

    理想気体の平衡状態を扱うのにボイル・シャルルの法則というものがあります。
    『PV = nRT』という式がありそれぞれ、P(圧力[atm])、V(体積[l])、n(モル数)、R(気体定数0.082[l・atm/K・mol] = 8.31451[J/mol・K])、T(絶対温度[K])を意味します。モル数というのは分子の数だと思ってください。

    非常に単純に説明しますと、ある空間(V=ドラムとします)に存在できる分子(気体)の数は温度や圧力が同じならば一定である、ということです。実際の焙煎機の中では常に成分(分子)が排出されていますので、温度圧力がいっしょであっても次々と豆から成分が(放出と吸収を繰り返し)一定の割合まで放出されることになります。

    この説明は正確ではないのですが、このようなイメージでとらえていただけたら、と思います。

  • 火力と共に豆の温度上昇率をコントロールします。ダンパーが開放気味であれば温度上昇率は低く、閉じ気味であればその逆となります。
    ダンパーが閉じ気味で火力が弱めの場合とその逆のパターンの場合で温度上昇率がほぼ同じになりますが、豆に対する影響は違ってきます。

【焙煎のベクトル】

いよいよ焙煎のまとめ、今度は『イメージ』の話しです。

ベクトルというのは数学や物理などで使われる言葉で『方向』『距離(長さや時間)』あるいは『方向』と『力』を同時に表すものです。
なぜ焙煎にベクトルが出てくるのか疑問に思うでしょう。もちろん実際にベクトルが出てくるのではなく(関係しているかも知れませんけど)、焙煎を行う上での考えかたを私なりに表現(イメージ)したものです。

焙煎の仕方は人それぞれで、それこそ無限の操作方法があるでしょう。何度から焙煎を始めるか、どのように火力とダンパーを操作するか、このような様々なやりかたを私はベクトルの『方向』として考えています。
方向が決まったら今度は『距離』です。距離とはどのロースト具合で焼き上げるのか(あるいは何分で焼き上げるのか)、ということになります。
ハイローストにするかシティーローストにするか、いっそのことフレンチローストまでもっていって苦味をだすか、とロースト具合を自分の意思で決めたいところですが、残念ながらそうはいきません。

焙煎のベクトルは方向を決めると豆の種類や状態によって必然的に距離が決まってしまうのです。つまりこの距離とはコーヒーの味が最も良く出る状態(ピークと私は呼んでいます)のロースト具合のことです。

イメージをつかみやすいように登山にたとえて見ましょう。
自分を中心として周りはすべて山に囲まれているとします。遠い山に近い山、高い山に低い山、険しい山に穏やかな山、その種類は様々ですが(富士山のような独立峰ではなく北アルプスのような「山脈」をイメージして下さい)、ともかく『方向』を決めてまっすぐに歩き出しましょう。ただし直進だけで方向転換はできません。そのうち道程のピークにつきますが、この高さは方向を決めたと同時に決定された高さの最高値です。

つまり道程のピークまでが『距離(ロースト具合)』で、その地点での高さは美味しさの度合いということです。
もちろん、そこまでたどり着く前に歩くのをやめたりピークを越してしまえば、当然ピークより低い値になります。また方向が悪ければその道程のピークが山の頂上とは限らないわけで、横にはもっと高い場所があるかも知れません。

この登山では山脈の形は豆の種類と状態、焙煎機の性能(種類や設置環境)などによって変わってきます。穏やかで頂上が広い山脈であれば、多少方向(焙煎の仕方)や距離(ロースト具合)が違ってもそれなりに高い値をとれるでしょう。
逆に頂上が狭く険しい山脈であれば、ほんの少しの違いが大きなものになります。(これで標高が低ければ最悪です。)

コーヒー豆を山脈の形で表すとすれば、コロンビアは前者の代表とも言えるでしょう。標高も比較的高く、頂上も広いので大きな失敗はしにくい豆といえます。また水分量の少ない豆もこのタイプだと思います。
一方、水分量の多い豆は後者のタイプです。豆の銘柄で言えば当店で扱っている『手摘み』がこの典型です。

正式には『ブラジル・セラード・ムンドノーボ・TEZUMI』といい、ブラジルのミナス・ジェライス州、セラード地方にあるムンドノーボ農場※5で栽培された豆です。
ブルボン種とスマトラ種を掛け合わせてできたムンドノーボ種で、低農薬で有機栽培され、完全に熟した実だけを特別に手で摘み取った非常に高品質な硬い豆です。うまく焙煎すればすばらしい味が出ます。

※5

この文章を書いた当時以前は仕入先から『ムンドノーボ農場』と聞いていましたが、現在ではロットにより農場は変わることもあるようです。
また、生豆の品種もムンドノーボ種であったり、アカイア種(ムンドノーボ種の大粒のもの)であったりします。

なお、コーヒー豆の品種については『コーヒーノキ』にまとめてありますので、ご覧下さい。

しかし、この手摘みという豆は焙煎が難しくなかなか良い味がでません。同じ農場で栽培され機械で収穫したW-18という豆(これも高品質です)は比較的楽に(といってもコロンビアなどに比べれば難しいですが)良い味がでるのに、同じように焙煎してもうまく味がでないばかりか、W-18より劣ることも多々ありました。

コーヒー豆と一般に言いますが、言わば個々の豆の集合体なわけで、見方を変えれば同じ銘柄のものでもブレンドしてあると言えなくもないでしょう。個々の豆を先ほどの山に当てはめれば、それぞれ微妙に違う形をしているはずで、集合体の場合それが合成されて一つの山を形成してると言えます。
この手摘みという豆場合、品質が非常に高いあまり個々の豆のバラツキが少なく、集合体においても山の形がするどく尖っていると考えることができます。

ですから山の起伏のパターンは同じでも起伏の差が激しいわけで、その微妙なところを探るか、あるいは水分を抜くなどして起伏を穏やかにすれば良かったのです。

ずいぶんと回りくどい言い方をしてしまいましたが、イメージは伝わったでしょうか。


豆の種類や状態、環境になどによって『山脈の形』は決まります。ある豆を望みのローストまで焼き上げようと思った場合、単純に焼き時間(距離)を伸ばせば良いのではなく、そのロースト具合(距離)でピークとなる方向を選ばなければならないということです。

ピークは一つではなくまた平面的に広がっていますので適切なベクトルを見つけるのは大変な作業です。ただ、焙煎を化学的に考えることで、霞んでいた山脈がぼんやりとでも形を表してくれると思います。

ここで述べたのはあくまで私の考えでしたが、ただ闇雲に焙煎を重ねるのではなく、焙煎を自分なりにイメージしながら行うことにより、効率よく良いコーヒー豆が焼けると思います。
豆によっては深煎りに向く豆、浅炒りに向く豆、あるいは中煎りと極深煎りに向く豆など様々です。どの豆がどんな山脈の形をしているか、最終的には経験によって知るしかないでしょう。

最後に、焙煎に悩んだときは思いきって違うやり方をするのも一つの手です。もしかしたら今まで気づかなかったピークがそこにあるかもしれません。

色々と書きましたがもちろん私自身も焙煎をマスターしている状態には程遠いものがあります。思いっきり勘違いしていることもあるかもしれません。結局このような技術には『これでよし』ということがないのでしょう。日々精進ですね...。
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美味しいコーヒーの淹れ方
美味しいコーヒーの淹れ方-その2-
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焙煎について
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