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【2005/10/15(土)】<「自転車に乗って転んじゃいました」の続き>
−−−−−−−−−−−−−
さて、『あの手』というのは『湿潤療法』とか『ラップ(ラッピング)療法』と言われている治療方法の事である。
私は昨年、折りたたみ式のナイフを逆手に持ち、スプレー缶に穴を開けようとして指を切ってしまった事がある。『グイッ』と力を入れた際にナイフのロックが外れ、刃とハンドルの間に強く挟んでしまったのだ。刃が骨に当たって止まり、右手小指の第2関節辺りを半周近く切ってしまった。
厚手のペーパータオルがアッと言う間に真っ赤に染まるような出血である。それを5分程度で止めてしまったのが、高い止血効果を持つアルギン酸塩を基材とした『クイックヘルプ』と呼ばれる絆創膏であった。発売元はバンドエイドである。
たまたまインターネットで湿潤療法のページを見かけて興味を持ち、そこで紹介されていたものを物珍しさから薬局で購入しておいたのだ。
◇◇◇◇◇
従来、傷の手当ては洗浄『消毒』後、滅菌ガーゼを当てて滲出液を吸収し、なるべく傷を乾燥状態におくというものである。
一方、湿潤療法は傷を『洗浄』後、ポリウレタンフォームやポリウレタンフィルム、ハイドロコロイド、あるいは普通のラップなどの被覆材を当てて滲出液(体液)を傷口に保ち、直るまで湿潤状態にしておくというものだ。
よく、「瘡蓋(かさぶた)が出来れば(早く)直る」と言われているが、これを真っ向から否定するのが創傷に対する湿潤療法である。
私は子供の頃、『この子は無事に成人できないのではないか・・・』と親が真剣に悩み(私に内緒で)お祓いをしてもらった事がある程頻繁に怪我をしていたのだが、その経験から、瘡蓋が出来ると(瘡蓋が出来るような怪我とも言えるが)却って治りにくく、また突っ張ったような傷跡(ケロイド)が残りやすいのを知っていた。
この湿潤療法は民間療法としては古くからあり、力士が卵の殻についている薄膜を傷に貼り付けるというのは結構有名な話だと思う。
一方、日本の近代医療の中では創傷面に用いるのは比較的新しい方法である為、導入している病院が少なかったり、また、この治療法を効果の面で否定している医者も多いらしい。この療法のフロンティアである医師が、ある意味消毒を否定しているとも取れかねない発言をしていることも関係があるのかもしれない。
しかし、『傷口から分泌される体液には細胞を再生する成分が含まれており、これを保つことで治癒を促す』というのが湿潤療法のコアであり、私には十二分に納得できるのである。
もちろん、どんな傷にも有効な方法ではないが、特に擦過傷のような傷には劇的な効果がある。但し、異物をきちんと取り除き、十分な洗浄(消毒ではない)を予め行うのが前提であるし、感染症を従う、あるいはその恐れがある場合には適してはいない。
前述の指の傷も本来なら縫ってもらうようなものだったが、あまりにも簡単に止血してしまったことと、湿潤療法を試してみたい思いもあって、同じくバンドエイドのハイドロコロイドを基材とした『キズパワーパッド』というのを試してみたのである。
結果は驚くべきものであった。わずか5日程で外部の傷が完全に塞がってしまったのである。ギザギザの波刃で切ってしまったのだが、傷痕も綺麗であった。神経が一部切れたようで、さすがにそれは完全には直らなかったし、傷ついた軟骨が出っ張って関節が太くなってしまったが、日常生活に支障が無いので、良しとした(汗)
◇◇◇◇◇
さて、娘の話に戻る。
まずは出血の続く傷に救急キットから取り出した『クイックヘルプ』を貼り、車に乗り込み薬局へと向かう。
救急キットには普通サイズの『キズパワーパッド』も常備してあったのだが、より大きなサイズが欲しかった。傷の大きさには十分なのだが、出来るだけ広範囲を覆いたかったのと、ついでに洗浄液も補充したかった事もある。
後部座席では、妻と娘達が話をしている。子供たちの声にも幾分明るさが戻ったようだ。
途中、薬局へ向かうために別の道を走り始めると、それを敏感に察した妹が不安げな声を上げる。
「お医者さん・・・いくの・・・?」
「ううん。お薬を買いに薬局へ行くんだよ」
「・・・ほんとに?」
少し疑わしげである。
「うん、ホントだよ。お医者さんには行かないから、安心してね」
病院に行かないのを『安心して』というのも変だが、この場合は仕方が無い。
大きなドラッグストアの駐車場に着いた。いつものなら喜び勇んで車を降りるのに、妹がじっと座ったまま動こうとはしない。
「ほら、Nちゃんも降りて」
「ううん、車で待ってる・・・」
どうやら薬剤師さんか誰かに診療されると思っていたようだ。子供たちにとっては医者も薬剤師も白衣を着ているので同じようである。
「大丈夫だよ。お薬を買うだけだから。そうだ、お菓子も買ってあげるから、一緒に行こうね」
お菓子で釣って宥めることに。「歩けない・・・」というのでピカチュウのカートに乗せる。さすがにぎゅうぎゅうではあるが(笑)
『キズパワーパッド』の箱の裏面にある実物大の絵と、傷を見比べる。「大きいサイズ」は記憶の中のものより大きく、仕方なく普通サイズを追加購入した。中間サイズがあればちょうど良かったのだが。
洗浄液はキャップがロック式のもので、局所麻酔薬の塩酸リドカインか塩酸ジブカインが入っているものをピックアップし、結局「オロナイン液」を選んだ。これなら車の中に常備しておいても勝手にキャップが開くようなことは無いだろう。
その後、子供たちと一緒にお菓子を選び、Gojuへと向かう。Gojuに着くと安堵したのだろう、急に元気になって二人で遊び始めた。
この様子なら脳内出血などの心配は無いと思いながらも
「怪我したばかりなんだから走っちゃ駄目!」
と、念のために釘を刺しておく。
治療の準備を整え、改めて傷の様子を見る。出血はほぼ完全に止まっていた。さすがアルギン酸塩の効果は抜群である。
買ってきたばかりの『オロナイン液』で傷口を十分に洗浄する。本当は生理食塩水や水道水で良いのだが、塩酸ジブカインの痛み止め効果を狙ったのだ。
どうやら心配していた異物は無さそう。
傷の周りの皮膚を広範囲に洗浄し、よく拭いて『キズパワーパッド』を貼り付ける。
開いた傷を上下から閉じるように貼り付けるのに少々苦労した。ここが最大のポイントである。
真皮に達していない傷ならともかく、今回は完全に皮膚が裂けてしまったのでそのままでは肉芽が持ち上がり、はっきりとした傷痕になってしまう。
可能な限り傷口を合わせた状態にしておくことが肝心なのだ。
擦ってずれないよう、更にその上から極薄のポリウレタンフィルムを貼り付ける。
◇◇◇◇◇
海外の映画とかでは、傷に数本の糸状のものを貼り付けているのを見かけることがある。正式な名称を知らないのだが、長さ1cm程の糸の両端には接着剤がついており、傷を閉じるようにして皮膚に貼り付けるのだ。縫うより負担が少なく、すごく理にかなっていると思う。
日本の医療現場でも採用されているのかどうかは知らないが、薬局で手に入るようなものではない。でも柔らかいテグスの両端を平たく潰し、瞬間接着剤でくっつければ代用できそうである。さすがに娘に対してぶっつけ本番という訳にはいかないので、機会があったら自分で試そうと思った。
◇◇◇◇◇
「はい、いいよ。今日はあんまり動いちゃだめだよ」
「うん!わかったー。パパ、ありがと! ねぇ、おかし食べてもいい?」
早速のお菓子攻撃である。
「ううーん、・・・いいよ。でも、ご飯の前だから、少しだけにしようね」
「はーい」「Sちゃん、パパがお菓子食べてもいいって!!」
と、姉の元へ走る。先刻「走るな」と言ったばかりだというのに。まあ、この分なら心配はあるまい。
次の日は保育園である。休ませるような怪我でもなかったので連れて行く事にした。妻には絆創膏が剥がれたり、ずれたりしたらすぐさま電話をしてもらうよう、保母さんに伝えてもらった。
お迎えの時間まで連絡もなく、どうやら無事に済んだ模様。
保育園に迎えに行き、保母さんに様子を伺う。運動会が近いのだが、念のため練習は休ませてくれたようである。いつもいつも、気を使ってもらって大変ありがたい。
早速、傷の様子を見る。傷口の所が浸出液を吸って白くなっているのは良いのだが、他の部分も汗を吸収して白くなっている。『キズパワーパッド』は本来なら最長5日まで張ったままで構わないのだが、予想通り毎日換える必要がありそうである。
「SちゃんNちゃんのおとうさん、Nちゃんどうしたの?」
保育園のお友達が寄ってきて話しかけられた。
「自転車で転んで、おでこに怪我をしちゃったんだよ」
「ふーん・・・。わっぱ(補助輪)なし?」
「うん、わっぱなしで」
「えー、わっぱなしで乗れるの? すごいね!」
ちょっと鼻が高い。
「・・・あのね、SちゃんNちゃんのおとうさん」
少し思案した後で、Tちゃんが話しかけてくる。
「ん、なあに?」
「芝生のところで練習するといいんだよ。転んでも痛くないから」
窘められてしまった。
「そうだね。芝生の所で練習すれば良かったね。教えてくれてありがとう」
Tちゃんははにかんで、ほんのり頬を赤らめる。練習はグランドでしたんだけど、せっかくなので黙っておくことにした。
◇◇◇◇◇
Gojuに帰ってふやけた絆創膏をそっと剥がす。化膿の心配はなさそう。膨らんだ風船のようおでこで、弛みが無く、傷口をぴったり合わせる事が出来なかったために若干開いているが仕方あるまい。
患部を洗浄して新しい『キズパワーパッド』を、出来るだけ傷を合わせるようにして貼り付ける。ポリウレタンフィルムは汗を誘発させる可能性があるため張らないことにした。
「もう、いい?」
「うん、もういいよ。ぶつけないように気をつけてね」
「はーい」
昨日の騒ぎもなんのその、もうすっかり元気である。
それにしても、今回はこの程度で済んで本当に良かった。転んだ時の光景を思い出すだびに背筋が寒くなる。もし、あの時、姉の方が転んでいたら、よりスピードが出ていたのでこんなものでは済まなかったろう。
恐らく、額の傷は目立たなくなるとは言え、残ると思う。そして、その傷を見る度に、この時の出来事を思い出すのだろう。
親がいつも側にいて、常に面倒を見てあげられる訳ではない。また、目の届くところに居ても、事件や事故は起きる。
まだ幼い故にきちんと理解することは出来ないだろうが、少しずつ、自分の身は自分で守る事を教えてあげなければならない。
ああ、本当に子供を育てるというのは大変である。お店のスタッフや自分の事を顧みるに、よくぞ無事にここまで育ったものだと、しみじみ思った。
◇◇◇◇◇
さて、冒頭の私の幼き日の冒険だが、後日談がある。
事件の数日後、訪れた叔母が見たものは、玄関の梁に、まるで見せしめのようにぐるぐるとロープで縛り付けられた私の自転車だった。
柱、ではない。天井の梁である。
『わずか3、4歳の子供相手にそこまでしなくても』とも思うが、そこまでしないと何をされるか分からなかったのだろう。今なら、その時の父の気持ちも十分に理解できる。
何せ、その冒険は『2度目』だったのだから。
今でも語り草になっているのは言うまでも無い。
やはりこの私にしてこの娘ありなのだろうか。見た目は120%妻似なのに。
◇◇◇◇◇
なお、娘の傷であるが、その後順調に回復し、殆ど目立たなくなったことを付け加えておく。最終更新日:----/--/--(-)
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